田舎暮しの生活
古代人の田舎暮らし
「田舎暮し.熟年の気ままノート」と題して、脈絡のない内容のブログを続けています。
田舎暮らしは、自給自足が原則になります。
そこで、自給自足の起こり、大昔に遡って、「古代人の暮らしや村落の成り立ち」はどうだったのでしょうか?
古代人の村落の成り立ちや運営は、村落が出来ると、その村での有力者が、ボランティア的にその地域の取りまとめをしたのが行政の始まりであろうと思います。
つまり、行政の起こりは、ボランティアからであったと思われます。
それが時代と共に変化し、現代では、「ボランティアや公職ではなく、国民がスポンサーになって公務員を養うような仕組みが出来上がってしまった」ように見えます。
今の日本は、現金収入がないと、自給自足は出来ない仕組みになってしまいました。
つまり、行政の無駄遣いが激しくなって、国民から取る現金が段々増えていく、という構図です。
田舎暮らしに求められる自給自足というものは、行政のローコスト化、ボランティア精神が発揮されないと難しいように思います。
前置きが長くなりましたが、大昔の人は、暮らしそのものが「田舎暮らし」であったはずです。
そんな視点で、古代人の田舎暮らし の情報を二つ。
一つは、佐賀県の吉野ケ里遺跡。
有名なので、行かれた方もいらっしゃると思います。私はずいぶん前に発掘当時の生々しい現場を見て、感動した思い出があります。
吉野ケ里遺跡は、ご存知のように、弥生時代の遺構・遺物が発見され、古代人の田舎暮らしに浸る事が出来ます。
国の特別史跡にも指定されていますね。
少し遠いなーとおっしゃる方には、神戸新聞に、次のようなニュースがありましたのでご紹介します。
・・・恐竜化石、発見場所一帯を公園化 丹波市が計画(神戸新聞)・・・
丹波市は十九日、同市山南町で発掘調査が続く恐竜化石を市の活性化につなげる、「恐竜を活(い)かしたまちづくり計画(丹波竜の里計画)」、を発表した。
ハード面では、展望台や遊歩道などを整備し、発見現場一帯を公園化。
ソフト面では、重要な観光資源であるとともに自然学習の場として位置づけ、観光客誘致や教材として活用する方針が盛り込まれている。
同計画は、学識経験者や行政、地元住民らでつくる策定委員会が昨年九月から検討を重ねてきた。
二〇〇八年度から十年間の指針となる。
発見現場を含む、久下、上久下地区を「久下谷」と名付け、「教育」、「田舎暮らし」、など五ゾーンに分けて整備。
特に発見場所周辺は、「恐竜の里」として、市が旧上久下村営上滝発電所を改修するほか、化石レプリカの野外展示、博物館機能を備えたまちづくりセンターの開設などを目指す。
また、地学や自然環境を学ぶ場として市を位置づけ、現場と教育施設を結ぶことで、子どもたちを呼び込む。
長期滞在型観光の開発にも力を入れ、交流人口の増加による活性化を目指す。
さらに、市民主導で事業を展開する組織として、恐竜ファンや市民有志で、「丹波竜市民研究所」を設置。
ボランティアらを登録する、「丹波竜応援団」の結成も予定し、イベントなどへの協力を呼び掛ける。(仲井雅史)(3/20 11:15)
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