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ベトナムのリゾートホテル敷地内で不発弾


ベトナム ニャチャンのビーチ全景 Nha Trang Beach VIETNAM

ベトナムリゾートホテルの敷地内で不発弾が発見されたそうです。
こんな事ってあるんですね・・・。
海外旅行のリスク、色々です。

ホイアン:リゾートホテルの敷地内で不発弾発見
ベトナムニュース.2008/04/03)
 南中部クアンナム省ホイアン市のホテル「ライフリゾート」の敷地内で3月27日、河岸の堤防工事実施中に地中から多くの爆弾や銃弾が発見された。同ホテルは直ちに現場を立ち入り禁止とし、宿泊客や従業員を避難させた。通報を受けた地元軍事機関は爆発物処理班を派遣、同日午後8時までにすべての爆発物の撤去作業を無事終了した。

 これらの爆発物はベトナム戦争時の残留物であることが確認されたが、ホテル建設前に残留不発弾の有無を調べる検査が行なわれていなかったことが判明し、問題となっている。軍事機関によると、ホイアン一帯はベトナム戦争時の不発弾が残っている可能性の高い地域であるため、プロジェクトの大小に関わらず事前の検査は不可欠だという。

鳥羽にホテル開業


三重県は南北に長い地形をしていて、産業の上では一律に括ることはできません。
北半分は、シャープ東芝などのIT企業の進出で、結構勢いが良いようです。
一方、南半分は観光産業が主ですが、年中青息吐息・貧乏ヒマ無しの状態ではないでしょうか?
赤福さんのような安定した所もありますが、南部は、日本の幹線から下に離れすぎて、大手の企業としては物流効率が悪いのです。
又、水資源に恵まれていないので大きな企業は二の足を踏んでしまいます。

そんな中で、伊勢志摩で旅館経営などを展開するサン浦島の元気なニュースがありました。
鳥羽・太平洋を一望する岬の先端に高級旅館−「御宿The Earth」開業へ(伊勢志摩経済新聞.2008/04/02)

伊勢志摩で旅館経営などを展開するサン浦島(鳥羽市本浦温泉、TEL 0599-32-6111)は4月1日、南鳥羽に建設を進める宿泊施設の施設名と開業日を発表した。施設名は「御宿The Earth(おやど ジ・アース)」、今年7月10日のグランドオープンを目指す。

 同社は、和風旅館「悠季(ゆうき)の里」のほか、「千年の里Kodo(北牟婁郡紀北町)」「あじ蔵かろかろ(鳥羽市本浦温泉)」「心湯遊び ねぼーや(志摩市阿児町)」を運営。同社の吉川勝也社長は、伊勢志摩で閉鎖されていた旅館を買収し、ヤング、カップルをターゲットとした旅館として再生させたり、「伊勢鳥羽志摩交流フロントコンソーシアム」の代表を勤め、「疾病を持つ旅行者の受け入れが可能な観光地づくり」など地域の活性化に情熱を傾ける。

 御宿The Earth」は、南鳥羽・石鏡(いじか)地区の太平洋を一望する約5万4千坪の敷地に全16室を建設する。「宿の名が示すように、水平線が地球の輪郭を感じさせる場所に客間が完成する。地球の鼓動を感じ、一瞬ごとに変わる景色に五感を委ね、2度と訪れないその『瞬間』『時間』を感じてほしい」(吉川社長)と話す。
問い合わせは6月1日から受け付ける。

斜陽産業でも経営者が優秀であれば企業は伸びていく、そして右肩上がりの産業に属していても、経営がまずければ落ちていく、というのが企業経営の常ですよね。
これを”興産興業”と称した人がいました。
つまり、右肩上がりの産業で経営者も優れている状態の企業は”カイ”というわけです。
難しい環境の中で、新たな投資に踏み切られた決断が功を奏することを、伊勢志摩在住者として期待し、エールを送りたい気持ちです。


朝青龍.伊勢神宮に来る

横綱朝青龍伊勢神宮に来ました。
伊勢神宮奉納大相撲のためです。その時のできごとです。
朝青龍の母校明徳義塾高の後輩を高砂部屋にスカウト・・・。

朝青龍が明徳の後輩を“スカウト”(デイリースポーツオンライン.2008/3/31)

大相撲の春巡業が30日、三重・伊勢市伊勢神宮奉納大相撲からスタートした。春場所で4場所ぶりの優勝を果たした横綱朝青龍も元気に参加。観戦に来ていた母校の高知・明徳義塾高の後輩を高砂部屋に急きょスカウトするなど、土俵の外でも活動的だった。幕内上位力士によるトーナメント戦では決勝で大関魁皇に敗れ準優勝に終わったが、集まった3500人の大歓声にご満悦だった。

  ◇  ◇

 支度部屋で朝青龍が取組に備えていると、母校・明徳義塾高の後輩がサイン色紙を持って近づいてきた。にこやかに会話をしたかと思うとガッチリ握手。すると、「来年春からウチ(高砂部屋)に入れよ」と突然、青田買いを始めたのだ。

 標的は同校相撲部の森知将規(2年)。新人戦の全国大会で16強入りしたこともある逸材だ。本人は「入門は考えてませんが…」と苦笑いしていたが、朝青龍の目は本気。「もう逃げられんぞ。オレの内弟子や」と“強制入門”させた。

 理不尽な行動に見えるが母校愛の裏返しだ。明徳義塾高相撲部の部員は、3月現在、森知1人だけ。見かねた朝青龍は、モンゴル人留学生を来月から入学させる手はずをつけた。森知のスカウトも思いやりの一つだ。佐藤彰紘相撲部監督は「いつも気遣ってくれる」と頭を下げる。

 トーナメント1回戦の豪風戦では、つり落としも試みた。3500人の観衆の応援は朝青龍に集中した。「巡業やからな。大きい技も出して盛り上げんと」。復活Vから1週間。土俵の中でも外でも、存在感は相変わらずだった。

ところで、
朝青龍は、3月場所では11日目までは全勝で、2敗で追う白鵬を引き離していたが、12日目で土がつきましたね。あのとき、
朝青龍が勝っていれば、優勝は殆ど決まり、という流れでした。しかし、
朝青龍が負けたことで、3月場所の白熱化が持続したように思います。
あの負け方を、皆さまはどうご覧になりましたか? 私は知人と見ていて、「土俵際で力を出し切っていない!」とつぶやくと、知人も同じ感想でした。
桟敷席で見ているよりテレビの方が冷静に鮮明に分かります。
あのとき、
朝青龍が負けたのは、3月場所を盛り上げるための、相撲協会に対する、
朝青龍の恩返し、と感じたのは自分達だけだったのかなーと思ってしまいました。
いずれにしても、
朝青龍が、相撲の歴史に残る大横綱であることに違いは有りませんね。
その朝青龍が、一度も勝てなかった相手、貴乃花との名勝負の映像がありました。

以下は、ユーチューブの映像です。

朝青龍 vs. 貴乃花

解説:
朝青龍明徳(あさしょうりゅう あきのり、1980年9月27日 - )は、モンゴル国ウランバートル市出身の力士で、第68代横綱。本名 Долгорсүрэн Дагвадорж(Dolgorsüren Dagvadorzh;ドルゴルスレン・ダグワドルジ)。高砂部屋所属。2004年ご ろにして、「平成の大横綱」と形容される。

貴乃花との対戦は、貴乃花の怪我による長期休場のためわずか2回しかなく、朝青龍の2 戦2敗に終わっている。朝青龍が新大関として臨み、最後の対戦となった2002年九月 場所では、善戦するも敗れ、対戦終了後に花道を引き上げる際に「畜生!」と大きな声で 叫んでしまい、その後に支度部屋で「(対戦で貴乃花の)怪我している足を蹴っ飛ばして おけばよかった」と発言し、非難を浴びるという出来事があった。

リゾート族の動き


リゾート族の動きは、国内の景気や海外の政治情勢、為替などに左右されますね。

3月は、日銀短観によると、「景況感が大幅悪化した。大企業製造業、円高などで8ポイント低下(04/01)」 とのことです。
確かに、個人でも、国の無駄使いの付回し、諸物価の高騰などに恐れをなす毎日です。
政治に改善は見られず、国民の懸念は内閣支持率の右肩下がりにも示されています。
国の借金残高は、サラリーマンなら年収の9.5倍あるそうです。
年収百万円の人が約1千万の借金、年収1千万のサラリーマンなら約1億円の借金をしていることになりますね。
しかし、国の中央は、感性が錆びてしまってピンときていません。
福田総理は、親子2代で国民の借金を膨張させる運命にあるかに見えます。
このままなら、日本は、トヨタ自動車に身売りをして、国民を守ってもらった方がよほど安全でしょう。
このたび世界NO1になってもなお、謙虚なトヨタ自動車なら、収入を超える支出は絶対にしないでしょう。
民間企業なら、トヨタ自動車に限らず当然のことですがね。
入るを計って出を制す」というのは経営における憲法なのです。

埋蔵金」などという言葉を玩ぶ国が物語るものは何でしょうか?
そうです、経理がない、ということなのです。
経理も経営もなくて、何がなんだかわからないから、使う事しかないのです。
そして、たくさん使う事は自らの権力の増大を意味し、”私の”将来の生活設計に貢献する事なのです。
クロネコヤマトの実質的な創業者小倉氏が、厳しく指摘していたように・・・。

話が脱線してしまいすみません。
元に戻します。

景況悪化のせいか、「2月の出国者数は0.7%減、10ヶ月連続のマイナス、50代男女も減少傾向に」という結果が出ています。
将来を心配するマインドが生じて、海外を避け続けているのでしょうか?
遠出を避けて国内に出かける傾向になれば、それはそれで結構な事ではあると思います。
環境が変わったとはいえ、日本は、四季折々の風情があり、山紫水明の復元努力も始まった魅力的な観光立国ではないでしょうか。

実際に、訪日外国人数は、二桁の増加で、2月として過去最高を記録したそうです。
政治は残念な状態ですが、日本はまだ、諸外国と比較すれば安全で良い国ではないでしょうか?

以上、気ままに書き放題というブログですので、関係有る方はご了解ください。

次の、一つ目の紹介記事は、ゴールデンウィークも視野に入りかけましたので、国内の新しいスポットをご紹介します。
二つ目の記事は、出国・入国に関するデータです。

鉄道博物館、百万人突破 「テツ」人気で出足好調(産経ニュース.2008.3.31)

蒸気機関車SL)など往年の名物列車を一堂に集め昨年10月にオープンした鉄道博物館(さいたま市大宮区)の入館者が31日午前、100万人を突破した。昨年10月のオープンから約5カ月半での達成。鉄道博物館は当初、3月末までに約60万人と見込んでいたが、鉄道人気に後押しされ、予想を大幅に上回る好調ぶりだ。

 鉄道博物館は、首都圏の新たな観光スポットとして注目され、親子連れや熟年夫婦、女性グループなど幅広い層が来館。1日当たりの入館者は土日で約1万人、平日で約4000人に上る。

 東京都内にあった交通博物館の後継施設である鉄道博物館は、明治から戦後にかけての35両を展示しているほか、SLや新幹線などの運転シミュレーター、国内最大級の広さの鉄道模型ジオラマなどがある。


2月の出国者数は0.7%減、10ヶ月連続のマイナス、50代男女も減少傾向に
               [トラベルビジョン.2008/03/31]

 国際観光振興機構(JNTO)によると、2008年2月の日本人出国者数は、前年比0.7%減の136万8000人であった。今年はうるう年で例年より1日多かったものの、マイナス成長となった。為替レートは米ドルに対しては円高であったが、ユーロや豪ドルには円安で推移し、渡航先によって割安感に対するばらつきがあったことに加え、中国中南部の寒波やギョーザ中毒事件なども引き続き、旅行の阻害要因となったと見ている。また、全般的に60代以上の海外旅行は好調であるが、20代、30代に加え、熟年世代の50代の男女も減少しているという。

 訪日外国人数は10.3%増の69万6600人で、2月として過去最高を記録。好景気や旧正月、チャーター便の運航、スキー旅行の人気上昇などの好要因がそろい、韓国、中国、香港、タイ、シンガポール、豪州、カナダ、イギリス、ドイツ、フランスからの訪日客は過去最高となった。台湾は連続休暇が減少したため、訪日客も減少した。




伊勢志摩地方の観光活性化を願う


伊勢志摩といえば、昔は、東北などからも村を代表して伊勢神宮を参拝する習慣のあった「お伊勢さん」、そして、「夫婦岩」「鳥羽水族館」「ミキモト真珠島」などに代表される鳥羽市でした。

そして今は、時代と共に、それぞれの道を探らなければならない状況になりました。
三重県はご存知のように、日本列島の中央幹線から南に外れ、タテ長にぶら下がっているような立地です。
その為、伊勢市以南の地域(鳥羽市もそうですが)は、物流の効率が悪く、大手の企業は、この地域に拠点をおくことはありません。
又、たいていの業種に必須の「水」の量も不足しています。

その為、伊勢志摩を代表する伊勢市、鳥羽市は観光資源を生かして、それで飯を食う他に道がありません。

伊勢市は、伊勢神宮に隣接した「おかげ横丁」の大成功で息を吹き返しました。
赤福の不祥事がありましたが、殆んど悪影響を及ぼしていないようです。

一方の鳥羽市は、上記の観光資源(施設)がありますが、どれもメジャーではありません。
また、以前は歓楽街などもそこそこありましたが、遊びのスタイルが多様化した今、観光客を滞在させるだけのインパクトはなくなりました。

そんな鳥羽市で、伊勢志摩地方の観光を振り返る「プレイバック展」が開かれています。過去の観光を振り返って、当地の将来を考えてもらえれば、という主旨のようですが、老人の昔話を聞かされるようで、なんだかピンときません。
特に、鳥羽市の昔を知り、活性化を願う地元民の一人としては、今考えている施策、進行している施策を示し、それに対して智恵を借りる場にする方が、有効な実務ではないかと思いました。

とはいえ、ここから新たなヒントが生まれる事を願って、その記事をご紹介します。

伊勢志摩地方の観光を振り返る  鳥羽市
新聞記事など展示する「プレイバック展」


伊勢志摩地方の観光の歴史を刻む「プレイバック展」 1950年から65年ごろまでの伊勢志摩地方を、新聞記事や観光ポスターで振り返る「温故知新 伊勢志摩の観光と自然、プレイバック展」が、鳥羽市鳥羽の鳥羽港湾センターと鳥羽ビジターセンターで開かれている。4月末まで。

 伊勢志摩国立公園協会が企画。新聞記事のスクラップは計24冊で、港湾センターには「大きく飛躍する鳥羽市、安楽島一帯を開発」(61年1月)の記事コピーが展示されるなど、当時の状況を知ることができる。「裸の大将」で知られる画家の山下清が夫婦岩を描いた「二見ケ浦」(60年10月)のイラストポスターも展示している。

 さらに、両センターでは、61年当時の伊勢志摩観光誘致映画(約20分)の上映も実施。同協会は「企画展を通し、伊勢志摩地方の観光や、国立公園の将来について考えてもらえれば」と話している。

(2008年3月27日 読売新聞)
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