”予知能力のある水晶ゲーム”☆おひまな方はどうぞ♪  
  

熟年褌談義

千の風になって


秋川雅史さんの千の風になっての人気が定着したようだ。、

この歌は、清々しくて、落ち着いて聞け、聞いていると何となくホッとする。
最近は、歌う前からタコのようにくねっている歌手が多いものだから、私の年齢では、ついていきにくい。
いわさきちひろさんの絵本も出ていて、オリコンランキングによると、昨年、シングルでは年間トップの売上だったらしい。

千の風になって」が年間トップ オリコンランキング(産経ニュース.2007.12.18)

オリコンは18日、今年のCDと音楽DVDの年間売り上げランキングを発表した。シングルでは唯一100万枚を超えたテノール歌手、秋川雅史さんの「千の風になって」が1位に。ポップス以外の歌手が年間1位を獲得するのは20年ぶり。アルバム1位はMr.Childrenの「HOME」。シングル、アルバム、音楽DVDの総売上金額1位は倖田來未だった。

実は、今のようなブームになる前に、私は、
秋川雅史さんの千の風になっての歌の評判をを耳にしていた。

それは、今は亡きT先生との病床の会話からだった。
”日本一いい男”と、私のアルバムに書くほど好きだった先生から、「俺の葬式には、秋川雅史の千の風になってを流してくれ」と、仰せつかったのだ。

昔、「十年も先生と呼ばれ続けると、バカになる」、「先生と〜は会社では使い物にならない」、という一般論を聞いた事がある。
ピータードラッカーの「現代の経営」にも、「一般的に、大学の教授などは実務を通じて真剣に事実と向き合う経験が乏しいので、実業界の人たちに比べると判断力が劣る」、とある。

確かに先生や教授という職業は、普通、業務の結果責任を問われないから、イージーになりやすいのかも知れない。
しかし、それだけに、T先生のファンである私は、”本物の先生ここにあり”という思いが強かった。
今になっても、T先生を一層尊敬するに至ったエピソードが忘れられない。

それは、T先生が、僻地の小学校の担任をしていた頃の事・・・。

当時の先生達は、自己裁量の余地が残されていて、多少のやんちゃが許されていた。むしろ、子供(私)達はそれを期待していた。
それで、授業を止めて野山を駆け回ることも珍しくはなかった。

野外では、いつも皆の先頭に立つ先導役の生徒がいた。
「みんな、Aについていけーっ」、とT先生が号令をかける。
しかし、そのA君は、屋内では目立たない。
成績は下の方で、なんとなく皆からも軽んじられている。
本当は、人間の値打ちと学校の成績は関係ないのだが、大人社会にもそれで人間の値打ちを判断する傾向がある。
しかし、それは間違いである、と、T先生は教えたかったに違いない。


「山へ行く時はいつもAが先頭や」と、T先生は皆に聞かせていた。
山ではAがリーダー、勉強ではBがリーダー、音楽ではCがリーダー。
T先生は、そのようにして、「人間は誰でも活きる」、「成績だけで人を判断するな」と教えていた。

これはリーダーシップ論だと、後になって企業内教育で教えられた。
リーダーシップは転移する」という考えだ。

本から理屈を学んでも、”心”が欠落していては実践できない。
経験しても、T先生のような”心”がなければ、真の意味には気付かない。
しかし、T先生のような生徒に対する”愛情と心”があれば、実践の中から尊い理論が生まれる。


T先生のような、汗が生んだ現場での智恵が理論となり、後に学者達が学ぶのだと気付いた。このように考えると、ドラッカーの指摘は大いに納得できる。

T先生は大学の新卒で、この僻地に赴任してこられた。
そして、現場で格闘して、「上手くいかない」と、一人官舎で涙していた姿を、当時、食事のお世話をしていた私の母が知っていた。

このようにして体得されたT先生の智恵の価値を、最近になって、私は誰よりも深く理解していると自認するようになった。

千の風になって見守ってくれているT先生、安らかに・・・。

(参考)ユーチューブ映像秋川雅史千の風になってが見られます。 ・・・こちら  

熟年褌談義

高樹沙耶が褌を締めている


高樹沙耶さん、女優で女性です。
を締めていると知って驚きました。
実は、私も夏になるとを締めます。
同病者?がいて嬉しい!

 ・・・・・高樹沙耶 ふんどしを締めている理由を説明する・・・・・
                   (アメーバニュース 3月14日)
女優の高樹沙耶(44)が、「ふんどし」を締めている理由を自身のブログで語っている。
高樹といえば、自給自足生活で知られるなどエコライフの実践者。そんな彼女がふんどしを締めているのは、「日本人の誇りと魂を取り戻す」ためなのだという。

日本がかつて美しい国であり、その美しい文化が残っていることを説明した上で、「ふんどしはかつては男性のものでしたが、気合を入れる時にも、をしめなおす、と言ったりします」と語る。

 そして、フリーダイビングハワイで住んだ経験から地球の素晴らしさと奇跡を悟り、「地球人として品性品格のある生き方をしたいという思いでふんどしをしめなおした」というのだ。

 ちなみにブログではふんどしの簡単な作り方まで丁寧に紹介されている。材料はヒモと布だけで、「前の部分に刺しゅうや柄があってもかわいいですよ!」と推薦している。

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には精神性があるんですね。
でも、私の場合は、便利性ですね。
涼しいだけでなく、手拭の代わりになる(真夏は他に何も着ないから)、従って洗濯物も少なくて済むのです。

つまり、高樹沙耶さんのいう、品性品格には程遠いという事でもありますね。

熟年褌談義

人を誉めよう

安倍総理の辞任は、寝耳に水であった。
辞任の前から「辞めろコールが多かった」。
辞めたあとも「辞め方が悪い」と言う声が多かった。
小泉元総理も、「何をやっても批判される」と、コボしていた。福田総理も同じ事になりかけているのだろうか?

この手のマスコミの報道姿勢は、近頃気になることの一つだ。
時として、事柄の是非より、人を憎むヒステリック症状が、日本列島を侵食する。そして、この現状は未来の子供達の心の形成に悪影響を与えていることは想像に難くない。子供達には、『水に落ちた犬を袋叩きにする態度』をここまで見せ付けて、将来良いはずはない。

これからの世代には、人の批判より物の見方や考え方を示し、袋叩きではなく「冷静に問題解決に向かう心の態度」を奨励することが大事ではないか。

そして、人に対しては、もっと進んで、その偏りを正す意味で「人を誉める」習慣を身につけ強調することが必要ではないか。
国や個人への攻撃を控えて、お父さんは偉い、お母さんは偉い、総理大臣は偉い、そんな言葉が溢れる環境で育った子供達は、未来の宝物になるに違いない。

褒める事は人づくりの基本。
そして、おまけに、人を褒めると体内にエンドルフィンが流れて健康にも良いという報告があります。

熟年褌談義

給食費未払いと国のネコババ


暗いニュースが多いですね。
朝から元気が出ません。
ちょっと意味が違うのですが、10年前の事を思い出しました。
役所広司,黒木瞳,の「失楽園」(渡辺淳一)、実は10年前のリメイクなんですね。
日本経済新聞というお堅い新聞の連載だった事、覚えておられますか?
出勤途中の会社員は、たいてい電車内で読んでいたものです。
それほど大人気でしたね。
その結果・・・。
不倫が主題で性描写もドンとあるものだから、会社に着く頃には、男達は皆んな腑抜けになっていて戦力にならない。
そんな噂が立つ程の社会現象だった、という思い出です。
朝から元気が出なくても、コノ手のものなら罪がありませんがね。

最初から余談になりました。
社会保険庁は横領、議員は不正経理、国民は(給食費未払い)と、1億総ネコババ化の様相ですね。

もう晩年の発言ですが、松下幸之助氏はこう述べています。
「戦後60年といいますが、それは違いまんな。敗戦は60年前やおまへん。物が栄えて日本人の魂が死んでしもうた今が、完全な敗戦の時でんな。今まで経験したことのない、大変な事態でんな」。
このご発言は、日本全体がバブルの熱病で浮かれていた終わりの頃でした。
「負けた日の翌日から、仕打ちされることなく、すぐに繁栄の道を来てしまったから、不幸にも戦争責任を深く反省する機会がなかった」、ともおっしゃっていますね。

そのような物の見方をすると、社会保険庁の問題は、突然の出来事ではありません。松下幸之助氏が言う日本人の魂の堕落と歩調を合わせているように見えます。
又、社会保険庁だけかどうかは、大いに疑問です。
他省庁でも、母屋で味噌汁、国民に見えない離れでスキヤキなどと言われて久しいですね。松下流に言うなら、これをなくそうとする魂と、一層自己増殖しようとする堕落した魂の葛藤が、これからも続くと思われます。

一方、国民の側を象徴する給食費未払いのニュースは、最近お目にかからなくなりました。解消に向かったのでしょうか?

これらの問題は、その都度法律を作るような対処療法では、永遠に解決できないでしょう。炎と戯れる安易なお役所手法でなく、火の元を断つ根本療法が必要と思われます。
それは、日本人の魂を堕落から回復させる事に尽きるでしょう。
日本人の魂が回復・進化するほど法律は不要となり、自分で物事を判断できる自律した国民、すっきりした社会が実現するでしょう。
しかし、この魂の回復や進化は、家庭での教育が機能しないと難しいですね。
給食費の未払い問題の捕らえ方は、表面的過ぎると思いますね。
お金の問題は炎であり、本当の火種は母親・父親の品質・品格の劣化、そしてそこから影響を受ける子供の教育、にあることに気付かなければなりません。
つまり、給食費の未払いを我が子に見せつける事は、我が家で泥棒の種を育て、ルールを破る事を教えているわけですから。
そして、この泥棒根性は、次世代に引き継がれて花咲く、魂の堕落化教育の教材となっていることに学校の先生達も気付くべきですね。
集金だけで頭がいっぱいの先生には、子供の将来に意識を移して欲しいですね。

袋小路のように見える日本の各種問題の根本原因は、人に起因しています。
法律の不備などではありません。
法律が増えるほど、法律に頼るほど、人間の品質は劣化し、国の経済や国民に迷惑をかける結果となります。
それを作り、それを管理すればするほど、国として際限なく高コスト行政の道を邁進することに疑いの余地は有りません。
”幼稚な炎作戦国家”が姿を消す事を祈るばかりです。

脱線する手前で区切りにします。
給食費未払いと国のネコババ問題」の解決には、魂の再構築・家庭の再構築・世代間教育という、原因にメスを入れなければならないのではないでしょうか? 
その他の諸問題についても、現象や部分を見るのでなく、もっと問題の原因や本質にメスを入れなければならないのではないでしょうか?
という提言です。

熟年褌談義

八代亜紀の歌を聴こう

給食費の未払い問題が騒がれています。
今日は、「払いたくても払えない人」について、考えてみます。

日本は今、民間企業なら実質倒産会社ですね。
膨大な赤字と不祥事で、回復どころか一層悪化の見通しです。
そんな場合、民間なら株主も取引先も逃げ出すに違いありません。
しかし、納税者には取引先変更の自由はありませんね。

当然、生活費に占める地方税や国民健康保険税は、帳尻あわせの為上がって行く。増加額は同じでも、低所得者ほどUP率が高い安易な変更。無所得者には、安易を超えて冷血・非常の集金です。あにはからんや、豊かな国日本で、潜在餓死者・実質餓死者が現れました。

先日、北九州市で、を打ち切られて「餓死」した人がありましたね。又、健康保険料が払えなくて病院にかかれず「野垂れ死に」する人もあります。ホームレスネットカフェ難民は、その予備軍ですね。そして、身よりがあっても、家族制度の希薄化で充分な介護がしてもらえない「孤独死」。豊かな日本の、「明日はわが身・無残な現実」は、材料に事欠きません。

でも、これらの人たちは「善良で、困っていても助けを呼ばない」ことが明らかになりました。それは、さわやか福祉財団理事長堀田力氏の弁から。
「阪神大震災では、奉仕組織は開店休業状態だった」そうです。人に頼るのは恥という日本人の魂を守って孤独死に至った人が多いという切ない現実。
若い時にはイキイキと生産活動にいそしんだ人でも、例外なく寿命は尽きます。それを、人生で備えが足りなかったから、と見捨てて良いものでしょうか?

未払いの問題は、給食に限らず、餓死や老衰など最後の段階では、法律を破って見逃してはどうだろうかと思ってしまいます。膨大な無駄遣いや、ネコババのお金を考えれば余程の善政と思いますが・・・。人間は多分、死ぬ時に幸せを感じられれば、今までの不幸を帳消しにできる柔軟性があると思いますね。困窮する善良な人たちや、人生の終末にかかわる人たちの、現場での腕の見せ所がここらへんにあると思ってしまいます。

血の通った行政の為には、人間本来の繊細な情が不可欠です。
先日、知り合いの看護婦長が忠臣蔵を読んでいるのを見て、嬉しくなってしまいました。今は、為政者・国民とも、水戸黄門忠臣蔵に感動したり、八代亜紀の歌を聴いて、情の世界にバランスをとる必要がでてきたとい思いますね。